信用貯金という武器|“CareからLIFEへ”を掲げるケアマネジャーの仕事術

『第12回 信用貯金という武器 “CareからLIFEへ”を掲げるケアマネジャーの仕事術』というタイトルテキストが配置された、スーツにネクタイ姿で明るい笑顔を見せる小池大士さんのアイキャッチ画像。

モニタリング訪問で、利用者と何を話していますか?

体調の確認、サービスの利用状況、困りごとの聞き取り——。多くのケアマネジャーにとって、それが当たり前の流れだと思います。

小池大士(こいけ・たいし)さんのやり方は、少し違います。介護の話から入らない。サービス担当者会議で済む話はそこでやればいい——そう割り切って、モニタリングの時間の多くを「スーパー雑談」に充てます。

「この人が自分の人生をどうデザインしていくのか。それを一緒に考えるのが、僕の仕事だと思っています」 

ArC株式会社の代表として居宅介護支援事業所を経営しながら、不動産、キャンピングカー、自費リハビリ、介護同行旅行、終活支援——介護保険の枠を超えたサービスを次々と立ち上げてきました。そのすべてが、目の前の利用者との関わりから生まれたものだと言います。

掲げるテーマは、「CareからLIFEへ」。ケアの視点ではなく、生活の視点で人を支える。その実践と、これからの展望を伺いました。

プロフィール
ArC株式会社 代表/ケアマネジャー。介護業界26年目、ケアマネジャー13年目。 学生時代に祖母がくも膜下出血で倒れたことをきっかけに福祉の道へ進み、社会福祉専攻の専門学校を卒業。老人保健施設での相談員・介護職を経て、民間介護企業に転職し、デイサービスの運営、内部監査まで幅広く担当。現場・管理・経営の三層を実体験したことが、現在の事業の土台になっている。  事業展開の一環としてケアマネジャー資格を取得した後、2020年にArC株式会社を設立。「CareからLIFEへ」をテーマに、居宅介護支援を軸としながら介護保険外の多角的なサービスを展開している。

「周りに誰もいなかった」——福祉の道に進んだ原点

見晴らしの良いオフィスの窓際で、両手をポケットに入れて穏やかな表情で立つ小池大士さんの写真。背景にはデスクや観葉植物、アート作品が飾られている。」

小池さんが福祉の世界に足を踏み入れたきっかけは、高校時代に祖母がくも膜下出血で倒れたことでした。

まだ介護保険がない時代。病院を行き来する日々のなかで、祖父が自宅で介護する道を選びます。

「市の訪問入浴のサービスだったり、看護師さんが来たり。そういうのを見ていて、ああ、こういう世界もあるんだなと」

進路を福祉に切り替えようとしたとき、周囲にその道を選ぶ人は誰もいませんでした。逆に、誰もいないからこそ面白い——そう考えて、地元の福祉系専門学校に進みます。

卒業後、最初に入ったのは老人保健施設でした。相談員として採用されたものの、施設のオープンが大幅に遅れるハプニングが発生。開設を待つ間、特別養護老人ホームやケアハウスなど、さまざまな施設に実習のような形で出向くことになります。

「社会人になってから学生と同じような実習に行くなんて、なかなかない経験で。でも、いろんなところを見られたのは、後々すごく生きてきましたね」

有料老人ホーム、医療法人、社会福祉法人——運営形態の異なる現場を横断的に見られたことで、それぞれの仕組みや考え方の違いが肌感覚で身についた。同期や先輩との人脈も、この時期に広がりました。

施設がようやくオープンしてからは、相談員の業務と並行して介護の現場にも入り、介護福祉士の資格も取得しています。

民間への転職、そしてケアマネジャーへ 

高層階にあるガラス張りの会議室の前で、名刺サイズのカードを両手で持ち、笑顔で立つ小池大士さんの写真。窓の外にはビル群の景色が広がっている。

老人保健施設で相談員と介護職を経験した後、小池さんは転職を考え始めます。組織のなかでキャリアの次のステップを模索するうちに、「民間も経験しておきたい」という思いが強くなっていきました。 

ところが、転職活動は思うようにいきません。そんななかで、ある企業の面接担当者がこんな助言をくれました。

「未来がある人は、もっと大きいところで経験を積んだ方がいい」

不採用の通知ではなく、正面から助言をくれたその一言が、小池さんの視野を広げました。

その後、関東に進出し始めた民間介護企業に入り、デイサービスの運営やリハビリ部門、売り上げ管理、上場準備まで幅広く携わります。

事業の立ち上げや運営に関わるなかで、今後の展開を見据えてケアマネジャーの資格も取得。ただし、すぐにケアマネジャーになるつもりはありませんでした。

「事業展開を見据えて、一旦取っておいたというレベルでした。でも、取ったからにはやった方がいいと思って」

1日70人が通う大規模デイサービスを回す傍ら、ケアマネジャーの実務にも少しずつ携わるようになっていきました。 

やがて周囲の後輩たちが次々と独立していくなかで、小池さん自身もケアマネジャーに「全振り」する決断をします。きっかけの1つが、後輩の会社を手伝った経験でした。

業務フローの整備やDX化の導入を任されるうちに、それまで培ってきたノウハウが通用すると感じたといいます。

「結局、自分でもできるじゃんと思ったんです」

2020年、ArC株式会社を設立。独立後は自身も現場に立ちながら、現在は12名のスタッフを抱える事業所に成長しました。

ケアだけでは、この人の生活は支えられない

お洒落なラウンジスペースで、身振り手振りを交えながら熱心に語る小池大士さんの写真。背景にはソファや本棚が配置されている。

「CareからLIFEへ」。このテーマは、計画的に打ち出したものではありません。ケアマネジャーとして働くなかで、いつの間にか行き着いた考え方だったと小池さんは言います。

「いいケアマネジャーって、やっぱり損するんですよ。シャドウワークが当たり前になっている。介護だけだと変わらないという出来事がたくさんあって」

転機になったのは、介護業界の外の人たちとの付き合いでした。介護事業者同士の会合をやめ、不動産、リフォーム、士業——介護の「周辺」にいる人たちと積極的につながり始めます。

すると、ケアマネジメントそのものが変わっていきました。たとえば住環境の改善。ケアマネジャーだけなら福祉用具や手すりの設置で終わるところを、リフォームのプロと一緒に考えれば、動線そのものを見直せる。障害の特性に合わせた手すりの位置や形状も、専門家同士の議論から初めて出てくる発想でした。

「いろいろな会社を知っておかないと、この人の生活を支えられるわけがない。その感覚が、いつの間にか自分のなかにできあがっていたんです」

外の世界の人からは、こんな指摘も受けました。

「お前が普段やっていることには、本来もっと価値がついていいはずだよ」

ケアマネジャーという仕事の枠組みのなかでは見えなかった自分の価値に、気づかされた瞬間でした。

困っている人の願いを叶えていくことが、商売の根本である。その気づきを胸に、小池さんは利用者の生活のなかで「あったらいいよね」と感じたものを、一つひとつ事業やサービスに変えていきました。

そしてその積み重ねが信用になり、利用者が次の利用者を紹介してくれる——経営の安定にもつながっていったのです。

介護の話は、なるべくしない

明るく広々としたオフィス内で、カメラに向かって満面の笑みを見せる小池大士さんのバストアップ写真。後ろにはデスクが並び、大きな観葉植物が置かれている。

小池さんのケアマネジメントで際立つのが、「介護の話をなるべくしない」という姿勢です。

「介護サービスの話なんて、聞きたくないはずなんですよ。だって、“できないから入れる”というネガティブな話からのスタートなんだから」

赤の他人だった人がある日突然、「あなたの介護担当です」と現れる。しかも、自分で選んだわけではなく紹介されるのが基本。そんな関係のなかで、いきなりアセスメントを追求しても心は開かない——小池さんはそう考えています。

だから、家に入る前から「勝負」は始まっている。介護とは関係のない話を必ずする。趣味のこと、家族のこと、昔の仕事のこと。小池さんはそれを「スーパー雑談」と呼びます。

「何しに来たんですか? って言われることもあります。でも、切られたことはないですよ。普通のケアマネジャーと同じことをしているだけ。ただ、圧倒的に違うのは、スーパー雑談をしているということです」

この雑談の積み重ねが、小池さんの言う「信用貯金」です。介護のことでたまたま出会い、たまたまつながった関係。そこに信用貯金が貯まっていくと、利用者は離れなくなり、利用者が別の利用者を紹介してくれる好循環が生まれる。

「ケアだけの視点では信用貯金は貯まらない。生活をちゃんと見る視点を持たないと、役に立てないんですよね」

その「生活の視点」は、具体的なケースのなかで形になってきました。

1つは、持病のある利用者が「好きな飲み物を飲みたい」と口にしたケースです。

医療的には制限がかかる場面。小池さんは本人と家族にそれぞれ別々に話をし、お互いの気持ちをぶつけ合う場をつくりました。

結果、家族は「好きなものを全部封じてまでの生活はどうなのか」と考え直し、医師や看護師との調整を経て、量を決めたうえで好きなものを口にできる生活が戻った。それが本人の外出意欲につながり、自分で買いに行くことが新たな目標になったと言います。

もう1つは、外出を諦めていた利用者のケースです。

ほとんど口を開かなかった男性のもとに通い続けるなかで、ある日突然「やりたいこと」を口にしました。

小池さんはすぐに動き、車両の改造やリハビリの手配を進めます。6ヶ月後、本人は自分で車に乗り込み、外に出られるようになった。最終的に、奥さんとかつて通っていた思い出の店を再び訪れたところで、ケアマネジャーとしての関わりは「卒業」を迎えました。

こうしたケースの一つひとつが、やがて新しい事業の種になっていきます。キャンピングカー事業も、現場の支援がきっかけで生まれたものです。

「大体、僕の事業はケアマネジメントから何かが始まっている。そういうストーリーがすごく多いんです」

「スタンプラリー屋さん」の時代に、どう生きるか

夕暮れ時のビル街の路上で、腕を組んで優しく微笑むスーツ姿の小池大士さんの写真。背景には信号機や行き交う車、人々がぼやけて写っている。

今後のケアマネジャー業界について、小池さんはこう見ています。

「ケアマネジャーの仕事は、画一的なものに変わっていくと思います。家に行って、話を聞いて、書類を作って、サインをもらう。僕はそれを“スタンプラリー屋さん”と呼んでいますけど」

シャドウワークが明確に定義されたことで、「やらなくていい」という風潮が生まれつつある。その結果、利用者から見ればどのケアマネジャーも同じに見えてしまう——小池さんはそのリスクを指摘します。

一方で、これは追い風でもあると捉えています。

「介護保険のプロですと言う人と、介護保険以外もプロで介護保険もプロですという人。どちらにお世話になりたいかといったら、後者に決まっているじゃないですか」

ケアマネジャーの仕事がシンプルになるからこそ、余った時間で保険外のサービスを自ら手がける道が開ける。小池さん自身も、生活全体をマネジメントする新しい資格や仕組みの構築に動き始めています。 

目指すのは、医療者が中心にいる現在の地域包括ケアシステムを、利用者が中心にいる形に組み替えること。その隣に「ライフマネージャー(仮称)」のような存在が寄り添い、必要なサービスを的確につないでいく——。

「ケアマネジャーが地域の主人公になれる可能性がある。シャドウワークという言葉は、仕組みで解消できるはずなんです」

それは遠い将来の話ではなく、まず自分の事業所から始めることだと小池さんは考えています。

「うちのスタッフには、生活の視点を持てる存在になってほしい。介護保険のプロであることは大前提として、その先にある暮らし全体に関われる人。そういうケアマネジャーが地域にいれば、行政や地域課題に対しても、もっと力を持てるはずなんです」

その思いは、7月に刊行された著書『介護は始まる前に9割決まる』にも通じています。介護が始まる「前」にこそ備えがある——それは、まさに“CareからLIFEへ”の延長線上にある考え方です。 

CareからLIFEへ。その転換は、制度の話ではなく、目の前の一人の生活をどこまで見るかという問いから始まっています。

執筆者紹介 高橋

医療と介護をつなぐ「安心のサポーター」。現場のリアルな知恵を届けます。

訪問看護やデイサービスでの勤務を通して、介護の現場に携わってきました。病院勤務の経験もあり、医療と介護の両方の視点から、現場で得た知識や経験をわかりやすくお届けします。

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