介護現場では、利用者の尊厳や安全を守るため、虐待防止や事故防止に向けた体制整備が進められてきました。
令和6年度介護報酬改定では、高齢者虐待防止措置が原則として全介護サービスで義務化され、未実施の場合には基本報酬を減算する仕組みも導入されています。
しかし、養介護施設従事者等による虐待の相談・通報件数や虐待判断件数は増加傾向にあり、事故防止についてもサービスによって体制整備に差がみられます。
こうしたなか、2026年8月28日に開催された第263回社会保障審議会介護給付費分科会では、令和9年度介護報酬改定に向けて「高齢者虐待の防止」と「介護現場における安全性の確保、リスクマネジメント」が議論されました。
今回は、厚生労働省の資料をもとに、現在の制度と今後の論点、介護事業所に求められる対応について解説します。
目次
この記事でわかること
- 令和9年度介護報酬改定に向けて、虐待防止とリスクマネジメントでどんな論点が出ているか
- 虐待防止の体制整備が進んでも通報・判断件数が増えている現状と、その要因
- 事故情報の収集・分析の仕組みづくりで、事業所や自治体に今後求められる対応の方向性
令和6年度改定で虐待防止措置が義務化
介護サービス事業者の虐待防止対策は、令和3年度介護報酬改定で運営基準に盛り込まれ、3年間の経過措置を経て、令和6年4月から原則として義務化されました。
現在、事業所には主に以下のような対応が求められています。
- 虐待防止のための対策を検討する委員会の定期的な開催
- 虐待防止のための指針の整備
- 従業者に対する虐待防止研修の定期的な実施
- これらの措置を適切に実施するための担当者の配置
これらの措置を講じていない場合には「高齢者虐待防止措置未実施減算」が適用され、所定単位数の1%が減算されます。つまり、実際に虐待が発生したかどうかではなく、虐待を防止するための必要な体制が整備されているかがポイントです。
一方、居宅療養管理指導や福祉用具貸与などには経過措置が設けられており、サービスによって適用状況には違いがあります。
虐待の相談・通報、虐待判断件数は増加傾向
制度上の対策が強化される一方、高齢者虐待をめぐる状況は依然として厳しいものとなっています。
令和6年度の調査では、養介護施設従事者等による虐待の相談・通報件数は3,633件、虐待判断件数は1,220件でした。前年度と比べると、相談・通報件数は192件、虐待判断件数は97件増加しています。
養護者による虐待についても相談・通報件数は41,814件となり、高齢者虐待の相談・通報、虐待判断件数は全体として増加している状況です。
養介護施設従事者等による虐待の主な発生要因をみると、「職員の虐待や権利擁護、身体拘束に関する知識・意識の不足」が75.9%、「職員の倫理観・理念の欠如」が64.3%、「職員のストレス・感情コントロール」が62.5%となっています。
研修を実施するだけでなく、職員が虐待や権利擁護について正しく理解できているか、ストレスを抱え込まない職場環境をつくれているかといった、実効性のある対策が重要といえるでしょう。
虐待防止の「体制をつくる」だけでは不十分?
厚生労働省の調査では、令和7年度における高齢者虐待防止措置の体制整備について、多くのサービスで「実施済み」と「令和7年度実施予定」を合わせておおむね9割以上となっています。
一方、令和6年度中に実際に虐待が発生した施設・事業所をみると、虐待防止措置の実施割合は7~8割程度で、全サービス事業所と比較して1~2割程度低い状況でした。特に住宅型有料老人ホームや居宅介護支援等では、取組状況が低いことも示されています。
また、適正な手続きを経ていない身体的拘束等は、養介護施設従事者等による虐待事案の2~3割程度を占める状況が続いています。
こうした状況を踏まえ、分科会資料では「実効性のある高齢者虐待防止対策を促進するため、どのような方策が考えられるか」が論点として示されました。特に、経過措置が設けられているサービスや、現在は虐待防止措置の義務などの対象外となっているサービスをどう扱うかが検討課題となっています。
現時点では具体的な改定内容が決まったわけではありませんが、令和9年度改定では、既存のルールを形式的に満たすだけでなく、虐待防止策の実効性をどう高めるかが重要なテーマになりそうです。
身体拘束に関するサービス間の違いも論点に
身体的拘束等への対応についても、サービスによる制度上の違いがあります。
令和6年度改定では、訪問系・通所系サービスにも身体的拘束等の原則禁止と記録の義務が拡大されました。一方で、身体的拘束等の適正化措置や「身体拘束廃止未実施減算」については、現在も通所系・訪問系サービスは対象外です。
さらに、身体拘束廃止未実施減算の減算率は、施設系・居住系サービスが10%であるのに対し、多機能系・短期入所系サービスでは1%となっており、サービス間で違いがあります。
今後、こうしたサービス間の取扱いについても議論が進む可能性があります。
ケアマネジャーは虐待リスクの早期発見を担う重要な存在
在宅で生活する高齢者の虐待防止では、ケアマネジャーの役割も重要です。
令和6年度の養護者による虐待では、相談・通報者のうち警察が35.6%で最も多く、次いで介護支援専門員が24.4%となっています。
ケアマネジャーは、定期的なモニタリングやサービス事業者との情報共有などを通じて、利用者本人だけでなく家族の状況にも接する機会があります。
資料によると、養護者による虐待の要因は、介護疲れ・介護ストレスが57.2%、理解力の不足や低下が49.6%、経済的困窮・債務が33.5%という結果です。
そのため、明らかな虐待が確認されてから対応するだけでなく、家族の介護負担が大きくなっていないか、サービス利用が適切か、本人や家族が孤立していないかなど、虐待につながる可能性のある変化を早期に把握する視点が求められます。
リスクマネジメントでは「事故情報の活用」が焦点に
今回の分科会では、虐待防止とあわせて介護現場における安全性の確保やリスクマネジメントについても議論されました。
特に注目されるのが、介護事故に関する情報の収集・分析・活用です。
今後の方向性として、事故報告様式の統一化や電子化、事故報告の対象範囲の見直し、国・都道府県・市町村の役割分担、事故情報を一元的に蓄積するデータベースの整備などが検討されています。
全国レベルで事故情報を集めて原因や傾向を分析し、その結果を介護現場へフィードバックすることで、同様の事故を防止するPDCAサイクルにつなげる考えです。
一方、現状では事故情報が十分に活用されているとはいえません。
居宅系サービスから報告された介護事故情報について、集計・分析を行っている自治体は都道府県で42.1%、市区町村で48.2%と、いずれも半数を下回っています。
また、居宅・通所サービス事業所等では、事故発生防止の指針についてはほとんどの事業所が策定済みである一方、安全対策委員会を事業所単独で設置している割合は40.8%にとどまり、他事業所との合同設置(41.6%)に頼っている状況です。
安全管理担当者についても、単独配置は52.0%で、他事業所との兼務が37.3%となっています。
こうした状況から、分科会では、現在の運営基準に安全管理措置の規定がない居宅サービス事業所等も含め、実効性のある事故予防・再発防止をどのように進めるかが論点となっています。
令和9年度改定に向けて事業所が確認しておきたいこと
令和9年度介護報酬改定の具体的な内容は、現時点では決定していません。そのため、新たな委員会や研修、加算・減算などが導入されると断定することはできません。
ただし、今回の議論を踏まえると、介護事業所は現在の体制が「基準を満たしているか」だけではなく、「実際に機能しているか」という視点で確認しておくことが大切です。
たとえば、虐待防止委員会が単なる定例会になっていないか、研修内容が職員の理解や日々のケアにつながっているか、ヒヤリ・ハットや事故情報を収集するだけで終わらせず再発防止策に反映できているか、といった点です。
また、虐待の発生要因には職員の知識不足だけでなく、ストレスや感情コントロールも挙げられています。職員が困りごとを相談できる仕組みや、管理者が現場の負担を把握する体制なども、虐待防止に向けた重要な取り組みとして考える必要があります。
居宅・通所系サービスについては、安全管理に関する運営基準が今後見直される可能性も踏まえ、事業所内の事故防止の指針、委員会、担当者、研修、事故発生後の振り返りなど、現在の体制を整理しておくとよいでしょう。
虐待防止と事故防止は「仕組みの実効性」が問われる段階へ
令和6年度介護報酬改定では、高齢者虐待防止措置の義務化や未実施減算の導入など、虐待防止に向けた制度整備が大きく進みました。
しかし、養介護施設従事者等による虐待の相談・通報件数や虐待判断件数は増加傾向にあります。また、介護事故についても、収集した情報を分析し、再発防止につなげる仕組みには課題が残されています。
令和9年度改定に向けた今回の議論では、経過措置中・対象外となっているサービスの取扱いや、身体拘束に関するサービス間の違い、居宅サービス等における安全管理、事故情報の一元的な収集・分析などが焦点となりました。
今後は、委員会を設置する、指針を作成する、研修を開催するといった「体制整備」にとどまらず、それらを虐待や事故の未然防止につなげる仕組みづくりが、これまで以上に重要になりそうです。
参照元:厚生労働省 高齢者虐待の防止/介護現場における安全性の確保、リスクマネジメント

「福祉現場の架け橋」として、20年の経験から心に寄り添うヒントを。
介護福祉士および保育士として、高齢者介護から障がい福祉、保育まで、世代を問わず20年以上福祉の最前線に携わる。現場での豊富な実践経験を活かし、単なる制度解説に留まらない「介護する側・受ける側」双方の気持ちに寄り添った発信が持ち味。複雑な介護保険制度も、家族の視点に立って分かりやすく紐解きます。
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