2025年11月、厚生労働省は「介護保険施設等における事故予防及び事故発生時の対応に関するガイドライン」を公表しました。今回の改訂は従来の「特別養護老人ホーム向けガイドライン」を再整理しただけでなく、居宅系サービスや高齢者向け住宅まで対象範囲が拡大されたことが最大の特徴です。
本記事では、このガイドラインを「現場でどう活かすか」という視点から、要点をわかりやすく整理します。
この記事でわかること
- 介護事故を「防げる事故」と「防ぎにくい事故」に分ける新しい考え方
- 安全対策が義務化され、加算・減算で評価される仕組み
- ヒヤリハットを組織の財産にする具体的な方法
目次
転倒は“すべて過失ではない”──科学的根拠に基づく新しい考え方
介護現場で最も多い事故が転倒・転落です。ガイドラインでは以下のことが明確に示されています。
- 転倒は老年症候群のひとつで、一定の頻度で発生する
- 予防策を講じてもゼロにはならない
- 骨折・頭部外傷リスクがあるため、リハビリ等の積極介入を行う
さらに、2021年の日本老年医学会等のステートメントでも、転倒のすべてが過失ではないこと、入所前・契約前から家族へリスクを丁寧に説明して理解を得ること、そしてケアやリハビリは転倒後も原則として継続することが示されています。
事故を“仕分け”する考え方が重要
今回のガイドラインで特に強調されているのが、事故を体系的に分類する「仕分け」の概念です。仕分けの考え方としては、「対策を取り得る事故(予防可能)」と「防ぐことが難しい事故(老年症候群・本人要因・予測困難)」に分類することが重要とのこと。
この整理によって、事故が「職員のケアに起因したもの」なのか、それとも「加齢・認知症・機能低下といった不可避性の高い要因によるもの」なのかを判断する視点が明確になります。
こうした仕分けは、“本当に防ぐべき事故”に集中するためのリスクマネジメントの基本姿勢であり、結果として現場の負担軽減にも直結します。
対象サービスが大幅に拡大
従来のガイドラインは「特別養護老人ホーム向け」でしたが、今回の改訂版は、以下のサービスを含む形へと拡大されました。
対象に含まれるサービスの例
- 介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)
- 介護老人保健施設
- 介護医療院
- 通所介護・通所リハ
- 訪問介護・訪問看護
- 小規模多機能型居宅介護
- サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)
- 有料老人ホーム
「利用者の生活の場」に関わる多様なサービスがすべて安全管理の対象に。また、訪問サービスも例外ではありません。転倒・誤嚥・薬の誤配・徘徊など、多くの事故リスクは在宅でも起こり得るため、組織としての事故予防体制が求められる時代にシフトしています。
安全対策は“努力義務”ではなく「義務化」
実務において重要なのが、事故防止体制はすでに法令上の義務であるという点です。
運営基準で義務化(令和3年度改定)
介護保険施設では、事故防止体制を適切に実施するための「担当者」を置くことが運営基準で明確に定められました。
この担当者は以下の責務を担います。
- 安全対策の計画策定
- 事故の集計・分析・再発防止策の実施
- 職員研修の実施
- 家族・関係機関との連絡調整
- 委員会の運営
義務を果たさない場合は減算
指針整備、報告・周知体制、委員会、研修、担当者配置など、安全対策に関する運営基準を満たさない場合は「翌月から減算」が適用。入所者全員が対象のため、1カ月の減算でも数十万円〜数百万円規模の影響が生じるケースがあります。
取り組んだ施設は「加算」で評価
令和3年度改定で「安全対策体制加算」も創設されました。
【要件の例】
- 外部研修を受けた専任担当者の配置
- 安全対策部門の設置
- 組織的な安全対策の仕組みが整備されている
安全対策を「コスト」ではなく、“介護の質を高める投資”として評価する仕組みが整っています。
重大事故を防ぐ鍵はヒヤリ・ハットにある
ガイドラインでは、事故を未然に防ぐための中心的な取り組みとして、ヒヤリ・ハットの活用を位置づけています。
ハインリッヒの法則
1件の重大事故の背後には、29件の軽微な事故と300件のヒヤリ・ハットが潜んでいるといわれており、このヒヤリ・ハットを見逃さず改善につなげることこそが、重大事故を防ぐための最重要ポイントなのです。
報告が集まる組織に共通するポイント
- 職員を責めない
- ヒヤリは“失敗”ではなく“改善材料”
- 報告へのフィードバックを必ず行う
- 報告様式を簡素化する
- 共有会を通じて“気づきを組織の財産”にする
ヒヤリ・ハットを「報告すべき書類」から「事故予防のための情報資源」へと位置づけることで、現場の安全文化が向上します。
組織として“安全をつくる”ために
新ガイドラインが示す方向性は、以下の点に集約されています。
- 安全は職員の個人努力ではなく、組織でつくるもの
- 事故はゼロにならないが、減らすことはできる
- 科学的根拠に基づくアセスメントと仕分けが重要
- 説明責任と家族との情報共有が必須
- ヒヤリ・ハットが重大事故を防ぐ“最強ツール”である
- 安全対策は義務化され、加算・減算の仕組みで評価される
介護現場の事故予防は、「やり方」よりも「仕組み」や「文化」をどう築くかが問われる状況になっています。
ガイドラインが示す実務上のポイント
新ガイドラインは、従来の「事故が起きたら報告する」スタイルから、“事故を科学的に理解し、組織として予防する”という方向へと介護業界を大きく前進させる内容となっています。また、特別養護老人ホームだけでなく、訪問介護・通所介護・高齢者住宅など、すべての事業者が事故対策の“当事者”となる時代です。
仕分け・ヒヤリ活用・体制整備・加算活用──安全の取り組みを組織文化として根付かせることが、利用者の安心と職員の働きやすさの両方につながります。





