介護老人保健施設(老健)は、本来、病院と自宅の中間施設としてリハビリを行い、在宅復帰を目指すことを目的とした施設です。
一方で、高齢化の進行や利用者の重度化に伴い、「最期まで老健で過ごしたい」「住み慣れた施設で看取りを受けたい」というニーズも年々高まっています。
こうした状況を受け、厚生労働省の社会保障審議会介護給付費分科会では、老健における看取りの実態が議論されました。
最新の調査では、積極的に看取りへ取り組む施設がある一方、医療提供体制などの課題から対応が難しい施設も少なくなく、施設間で大きな差があることが明らかになっています。
利用者や家族にとって、「老健でも最期まで過ごせるのか」は重要な関心事です。
今回は、厚生労働省資料や令和7年度老人保健健康増進等事業による調査をもとに、老健における看取りの現状と課題を整理します。
目次
この記事でわかること
- 老健の約84%が看取りに前向きな姿勢を示す一方、注射剤による麻薬対応ができない施設は約7割にのぼり、施設間で体制に大きな差がある
- ACPを「必ず実施」している老健は約3割にとどまり、多くの施設では状態悪化後に話し合いを始めている現状がある
- 入所前に看取り方針・麻薬対応・協力病院との連携体制・ACPの進め方を確認することが、希望する最期を実現するカギになる
老健における看取りの位置づけ
老健は介護保険法上、「在宅復帰」と「在宅療養支援」を目的とした施設です。そのため、特別養護老人ホーム(特養)のように終身利用を前提とした施設ではありません。
しかし近年は、利用者の高齢化や医療ニーズの増加により、入所中に人生の最終段階を迎えるケースも増えています。そのため、老健でも看取りへの対応が重要な役割となりつつあります。
この看取りへの取り組みを評価するのが「ターミナルケア加算」です。
ターミナルケア加算とは、医師や看護職員、介護職員など多職種が連携し、本人・家族の意思を尊重しながら人生の最終段階のケアを行った場合に算定できる加算です。
介護給付費等実態統計(令和7年11月審査分)では、死亡日におけるターミナルケア加算の算定事業所率は34.0%となっており、およそ3施設に1施設が実績を有しています。
すべての老健が看取りに対応しているわけではありませんが、一定数の施設では日常的に看取りが行われていることが分かります。
なお、リハビリ提供体制や在宅復帰率などをもとに施設を区分する「超強化型」といった類型もありますが、これらはあくまで在宅復帰・在宅療養支援機能を評価する区分であり、看取り対応力そのものを直接示す指標ではありません。
看取りへの対応力は、こうした類型の違いよりも、各施設の医療体制や職員配置、方針によって左右されると考えられます。
つまり、「老健だから看取りはできない」というわけではなく、施設ごとの体制や方針によって対応状況は大きく異なるのが実情です。
「希望があれば対応」が約半数 施設の看取り方針に差
令和7年度老人保健健康増進等事業による調査では、老健の看取りに対する考え方にも違いがみられました。施設としての方針を尋ねた結果は次の通りです。
- 積極的ではないが、希望があれば看取り対応をしていきたい:48.6%
- 積極的に、看取り対応をしていきたい:35.2%
- 看取り対応には、どちらかというと消極的:5.5%
- 看取り対応はしない方針である:8.0%
- 特に方針は定めていない:1.6%
この結果からは、「積極的に」「希望があれば」を合わせた約84%の施設が、何らかの形で看取りに前向きな姿勢を示していることが分かります。
一方で、「対応はしない方針」と明確に回答した施設も8.0%存在しており、施設によって方針が大きく分かれている実態がうかがえます。
消極的な施設・対応しない施設が挙げる理由として最も多かったのは、次のような人的負担です。
- 看護職員の負担が大きい:59.5%
- 医師の負担が大きい:53.2%
- 介護職員の負担が大きい:51.4%
さらに、「麻薬や酸素療法など、看取り期に必要な医療が十分に提供できない」と回答した施設も52.3%に上りました。
看取りでは、身体的苦痛だけでなく、本人や家族への精神的支援、多職種による24時間体制の連携なども求められます。そのため、職員配置や医療体制が十分でない施設では、看取りに積極的になれない現実があります。
つまり、看取りへの姿勢だけでなく、「実際に支えられる体制があるか」が施設の対応を左右しているといえるでしょう。
麻薬による疼痛緩和は大きな課題 剤形によって差も
看取りで重要になるのが、痛みを和らげる「疼痛緩和」です。がんなど終末期では医療用麻薬が必要になるケースもありますが、この対応力について調査すると、老健の課題がより明確です。
施設での麻薬管理の実態は、剤形によって差があります。
注射剤による麻薬使用
- 相当の検討を要する・対応できない:69.3%
- 対応可能で、過去に受け入れた実績がある:3.4%
内服薬・貼付剤・坐剤(比較的管理しやすい麻薬)
- 相当の検討を要する・対応できない:50.4%
- 対応可能で、過去に受け入れた実績がある:19.6%
このように、より専門的な管理が必要な注射剤では「対応できない」施設が約7割に上る一方、内服薬等に限ればその割合は約5割まで下がります。
裏を返せば、内服薬等であれば約2割の施設に対応実績があるものの、注射剤となると実績のある施設は1割にも満たないということです。
老健全体として見ると、医療用麻薬を必要とする終末期医療、特に注射剤を要するケースには、まだ十分対応できていない施設が多いことが分かります。
ただし、これは「老健では疼痛緩和ができない」という意味ではありません。施設によっては協力病院や協力診療所との連携により、必要な医療を受けながら看取りを実施しているケースもあります。
参考までに、同じ分科会で示された特養を対象とした調査データを見ると、麻薬を使用しない疼痛管理については約7割(70.8%)の施設が対応可能と回答している一方、麻薬を使用する疼痛管理が「対応可能」な施設は32.3%にとどまっています。
特養においても、麻薬を要する疼痛緩和は老健と同様に対応のハードルが高い領域であることがうかがえ、医療機関との連携を含めた体制整備は、施設種別を問わず今後さらに重要になると考えられるでしょう。
ACP(人生会議)の実施状況 早期からの話し合いには課題も
看取りを支えるうえで重要になるのが、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)です。
ACPとは、将来、本人が自ら意思表示できなくなった場合に備え、どのような医療や介護を受けたいかを、本人・家族・医療・介護職があらかじめ話し合っておく取り組みです。
近年では「人生会議」という名称でも広く知られています。
令和7年度老人保健健康増進等事業による調査では、老健でACPを「必ず実施している」施設は28.0%でした。
一方で、「全く実施していない」は21.6%となっており、施設によって取り組みに大きな差があることが分かります。
ACPを実施している対象として最も多かったのは、「看取り期の利用者」83.4%でした。
続いて「長期入所が想定される利用者」46.1%、「繰り返しの入所が想定される利用者」25.4%、「在宅復帰が想定される利用者」18.6%となっています。
また、話し合いを始めるタイミングでは、
- 状態が悪化した時:76.1%
- 看取り期と判断した時:71.8%
- 入所時:59.9%
が多くを占めています。
つまり、多くの施設では利用者の状態が悪化してからACPを開始している実態がありました。
本来ACPは、本人が十分に意思を伝えられる元気な時期から繰り返し話し合いを重ねることが望ましいとされています。
しかし現場では、本人や家族が看取りを意識し始めてから話し合いが始まるケースも少なくありません。
今後は、入所時や状態が安定している段階から人生会議を進める体制づくりも課題の1つといえるでしょう。
分科会でも「看取り対応の充実」が論点に
今回の社会保障審議会介護給付費分科会では、老健における看取り体制の充実が今後の重要な検討課題として整理されています。
令和6年度介護報酬改定では、ターミナルケア加算について見直しが行われました。
具体的には、死亡日以前31日~45日の区分が引き下げられた一方、死亡日前日・前々日および死亡日の評価が引き上げられており、人生の最終段階におけるケアをより重点的に評価する仕組みへと改正されています。
一方で、今回示された調査結果では、
- 麻薬、特に注射剤を用いた疼痛緩和への対応が難しい施設が多い
- 医師・看護師・介護職員の負担が大きい
- ACPの実施状況に施設差がある
など、多くの課題も明らかになりました。
厚生労働省は、こうした実態を踏まえながら、利用者が安心して人生の最終段階を迎えられるよう、老健における看取り対応のさらなる充実について議論を進める方針です。
今後の介護報酬改定では、加算の評価だけでなく、医療機関との連携強化や職員の負担軽減、ACPの推進なども含めた制度設計が検討される可能性があります。
利用者・家族が入所前に確認しておきたいポイント
今回の調査から分かる最も重要なことは、「老健だから看取りができる・できない」と一律には判断できないという点です。
積極的に看取りへ取り組む施設がある一方で、人員体制や医療体制などの事情から十分な対応が難しい施設もあります。
そのため、入所を検討する際には、次のような点を事前に確認しておくことが大切です。
- 看取りを実施している施設か
- 本人が最期まで施設で過ごすことを希望した場合に対応可能か
- 医療用麻薬など終末期医療への対応体制(特に注射剤による麻薬使用の可否)
- 協力病院との連携体制
- ACP(人生会議)をどのように進めているか
こうした情報は施設へ直接確認するほか、担当ケアマネジャーにも相談すると、それぞれの施設の特徴や過去の対応実績を踏まえたアドバイスを受けることができます。
看取りは、医療だけでなく本人や家族の価値観を尊重する支援でもあります。希望する最期の過ごし方を実現するためにも、入所前から施設の方針や支援体制を確認し、納得したうえで施設を選ぶことが重要です。
老健の看取りは「できる・できない」では語れない
老健は本来、在宅復帰を支援する施設ですが、高齢化や利用者の重度化を背景に、看取りを担う役割も年々大きくなっています。
一方で、今回の調査では、ターミナルケア加算を算定している施設は約3分の1にとどまり、麻薬を用いた疼痛緩和やACPの実施状況にも施設間で大きな差があることが明らかになりました。
だからこそ、「老健なら安心」「老健では看取りは難しい」といった一面的な見方ではなく、それぞれの施設がどのような医療・介護体制を整え、どのような看取り方針を持っているのかを確認することが重要です。
今後の介護報酬改定では、老健における看取り体制のさらなる充実も重要なテーマの1つとして議論が進められる見込みです。
利用者・家族、そしてケアマネジャーや介護職にとっても、今後の制度改正の動向を注視していく必要があるでしょう。
参照元:厚生労働省 第260回社会保障審議会介護給付費分科会(web会議)資料、【資料1】介護老人福祉施設、【資料2】介護老人保健施設

介護現場の「伴走者」。豊富な相談実績から、最適な選択肢を提案します。
介護老人保健施設(老健)や特別養護老人ホーム(特養)での相談援助職を経て、現在は多角的な視点から介護支援を行う。社会福祉士・精神保健福祉士・ケアマネジャーの3つの資格を保持し、制度の裏側から現場のリアルまでを熟知。これまで数多くの家族の悩みに向き合ってきた経験から、読者の「今、どうすればいい?」に対する的確な解決策を提示します。
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