自分の機嫌は自分で取る。介護カフェ14年・4万人の対話が教えてくれた、心地よく働き続けるヒント

『第3回 自分の機嫌は自分で取る。介護カフェ14年・3万人の対話が教えてくれた、心地よく働き続けるヒント』というテキストとともに、マイクを持って笑顔で語りかける女性(高瀬さん)の写真を使用したアイキャッチ画像。

職場の人間関係がうまくいかない。上からも下からも挟まれて、毎日心がギスギスしてしまう。この先、ケアマネジャーとして働き続ける未来がなかなかイメージできない──。

そんなふうに、ひとりで思い悩んでしまった経験はありませんか?

ケアマネジャーとして現場に立ちながら、14年間にわたり「未来をつくるkaigoカフェ」を主宰してきた高瀬比左子(たかせ・ひさこ)さん。

累計4万人以上が参加したこの対話の場は、職場に閉じこもりがちだったケア職の視野を広げ、新たな一歩を踏み出すきっかけになってきました。

「制度や仕組みの中に、すべての満足を求めようとすると苦しくなるだけだと思うんです。だから自分で自分の機嫌を取れるようになることが大切だと思うんです」

穏やかな口調の中に芯の強さがにじむ高瀬さん。介護の現場での業務とカフェ運営を両立し続ける背景には、自身がかつて壁にぶつかった経験と、「対話の力」への揺るぎない信念がありました。

プロフィール
秘書職を経て介護業界に転身。介護福祉士、社会福祉士、ケアマネジャー資格を取得し、現在はケアマネジャー業務と並行して「未来をつくるkaigoカフェ」を14年間運営。2023年にはケアマネジャー特化の学びの場「できるケアマネlabo」を立ち上げ、全国各地でケアマネキャリアカフェも展開中。

縁がつないだ、介護の道

少し照明を落としたアートスペースのようなおしゃれな空間で、女性がマイクを持ち参加者に向かって話している写真。

高瀬さんのキャリアは、介護とはまったく無縁のところから始まっています。社会人として最初に就いたのは秘書の仕事。しかし「何かが違うな」と感じ、しばらくは次に進むべき方向性を見失っていたと言います。

「路頭に迷ったというか、何をしていいのかわからなくて。そんな時に、ボランティアとして高齢者支援をしているNPO法人に関わり始めました」

転機になったのは、そのNPO法人で一緒に活動していた先輩からの何気ない一言でした。

「ヘルパーの講座を一緒に受けない?」

これをきっかけにヘルパー資格を取得し、訪問介護の会社に入社。当初は本社勤務の予定でしたが、現場のスタッフ不足から「資格を持っているなら、ぜひ現場に入ってほしい」と声がかかります。

「一度現場を経験したら、その魅力に気づいてしまって(笑)。縁に導かれるようにして、今日まで続ける形になりました」

やがて介護福祉士の資格を取得。当時は「介護福祉士からケアマネジャーへ」というキャリアアップが王道の時代でした。

「当時は周りの多くの方が、介護福祉士からケアマネジャーの資格に挑戦していました。周囲の流れもあり、当時はそこまで深く考えずに資格を取った気がします」

ただ、高瀬さんには明確な想いもありました。介護福祉士として働く中で感じていた「もっと一人ひとりの力になれるはず」という気持ち。

利用者の暮らしの全体像を見つめ、相談援助の専門性を深めたい──。ケアマネジャーは、その願いを叶えられる職種でした。

「対話できる場がなかった」── 未来をつくるkaigoカフェの原点

明るいイベントスペースで、3人の女性がテーブルを囲み、笑顔でいきいきと会話を楽しんでいる写真。

ケアマネジャーとして歩み始めて数年。最初に配属された事業所は環境が良く、周囲も温かく助言をくれる恵まれた職場でした。しかし、その後に異動した先の施設で環境が一変します。

「人間関係やコミュニケーションが難しく、いつもピリピリしている環境でした。上司ともなかなか会話がままならず、上からも下からも挟まれて、本当に心が行き詰まってしまって……」

生き生きと働いている人が見当たらず、会話も弾まない。なぜこんなふうになってしまうのだろう──。そう悩んだ高瀬さんが求めたのは、「外の世界との対話」でした。

「職場の中だけに閉じこもっていると、視野が狭くなり、悩みも深くなってしまいます。外の様々な異なる背景の人と対話する中で、何かヒントが得られるんじゃないかと思ったのです」

ところが当時、いち介護職が気軽に参加できる対話の場はどこにもありませんでした。経営者の集まりや業界団体の場はあっても、現場で働くスタッフが立場を気にせず、等身大で話せる場所がなかったのです。

「だったら、自分で作ってみようかな」

こうして「未来をつくるkaigoカフェ」は産声を上げました。

最初のイベントは池袋のお店で開催。SNSで告知したところ、初回にもかかわらず40人以上もの人が集まりました。

「とても緊張していて、当時のことはあまりよく覚えていないんです(笑)。でも、なんとか無事に終えられたことだけは覚えています」

2回目からは、参加者1人につき、珈琲1杯(500円)で貸し切らせてもらえる練馬区の江古田にある小さな喫茶店が会場になりました。この喫茶店との出会いが、活動の温かな土台を作ることになります。

kaigoカフェには、大切にしている1つのルールがあります。それは「立場や役職に関係なく、フラットに話す」こと。医療を頂点としたピラミッド型の構造が根強いこの業界において、それは簡単なことではありません。

「この業界は役割や上下関係がはっきりしやすいので、意識しないと関係性に飲み込まれてしまいがちです。だからこそルールにすることで『この時間だけはフラットになれる』という安心感を作りたかった。まずはそこからでいいと思っています」

1杯500円のコーヒーから、全国4万人へ

開放的な広いスペースで、何組ものグループがそれぞれテーブルを囲み、飲み物を片手に和やかに交流しているイベントの全体写真。

このシンプルなルールが多くの共感を呼び、カフェはやがて小さな喫茶店の枠を超えて広がっていきます。

2016年からは「未来をつくるkaigoカフェファシリテーター講座」を開始。「自分の地域でもカフェのような場を作りたい」という声に応え、対話の場の開き方を伝える活動を始めました。

2018年にはクラウドファンディングでテキストを作成し、愛知、沖縄、北海道、福岡など全国各地で講座を開催。各地にたくさんの対話の場が誕生していきました。

そして2020年、コロナ禍が訪れます。対面での活動をすべて止めざるを得ない状況になりましたが、高瀬さんには事前の備えがありました。

「全国に仲間ができたことで『オンラインでつながり続ける方法はないか』と、実は2019年からオンライン化の練習を始めていたんです。そのため、コロナ禍になっても2020年3月から、すぐにオンラインカフェに切り替えることができました」

当時、オンラインでの対話の場はまだ珍しく、参加者は一気に膨らみます。1回のカフェに200人以上が参加したこともあったそうです。

「それだけ皆さん、誰とも会えず不安で、『誰かと話したい』という強いニーズがあったのだと思います」

現在はオンラインと対面のハイブリッド形式で開催。ファシリテーター講座の受講者は累計約1,400名、カフェの参加者は4万人を超えました。

カフェをきっかけに新しい活動を始めたり、思い切って独立したり、出会った仲間同士で地域のイベントを立ち上げたり──。参加者たちがそれぞれの次のアクションへつなげていく姿を見る瞬間が、高瀬さんにとって1番の喜びです。

「二足のわらじ」だからこそ、どちらも頑張れる

カップが並ぶ棚がある木目調の落ち着いた部屋で、複数のテーブルに分かれた参加者が模造紙を囲み、真剣に話し合っている様子。

高瀬さんは現在も、ケアマネジャー業務と介護カフェの運営を並行して続けています。いわば「パラレルキャリア」とも言える働き方です。

「大変ではないですか?」と尋ねると、意外な答えが返ってきました。

「14年続けてきているので、もう生活の一部というか、これが日常なんです。むしろ、ひとつの場所だけにとどまっている方が、私は行き詰まりやすい気がします」

ケアマネジャーの現場での気づきや課題意識がカフェのテーマにつながり、カフェでの対話から得たヒントが現場の仕事に活きる。この心地よい循環こそが、高瀬さんのモチベーションを支えています。

「ひとつの場所にずっと張りついていると、どうしても視野が固定化してしまいがちです。複数の軸を持つ方が、新鮮な気持ちを保ちやすいのではないでしょうか」

そして高瀬さんは、ケアマネジャーが抱えがちな「仕事への期待と現実のギャップ」について、こう優しく語りかけます。

「介護保険制度の枠組みは、最低限の生活を支えるサービスが基本です。そこにすべての自己実現や満足感を求めようとすると、やっぱり苦しくなりますよね。それは利用者さんも、私たち提供する側も同じだと思うんです」

もし職場や環境にモヤモヤしているのなら、環境が変わるのを待つよりも、まずは自分で自分を心地よくさせる方法を考えてみる。

高瀬さんの言葉には、自身がかつて悩み、壁を乗り越えてきたからこその実感がこもっています。

「自分の機嫌を自分で取れるようになることって大切ですよね」

仕事の中だけで100%の充足感を得ようとするのではなく、もうひとつの居場所や軸を持つことで自分を上手にコントロールする。高瀬さんにとって介護カフェは、参加者のための場であると同時に、自分自身をすこやかに保つための大切な場所でもあるのです。

「いつもの勉強会ではやらないテーマ」で学ぶ──できるケアマネlabo

『もしも介護保険がなくなったら、ケアはどうなる?』というテーマで行われた対話の内容を、イラストや文字で分かりやすくまとめたグラフィックレコーディングの画像。

2023年10月、高瀬さんは新たにケアマネジャーに特化した場を立ち上げました。

当初「未来をつくるケアマネcafe」としてスタートし、2026年に「できるケアマネlabo」へと名称を変更。

共著者の方々にも講師として関わってもらい、より幅広い視点でケアマネジャーの学びを深める場へと進化しています。

「肩肘張らずに、細く長く、小じんまりと。20〜30人くらいの温かい仲間と一緒にやっていけたらいいなと思っています」

特徴的なのは、テーマの選び方です。一般的なケアマネジャーの研修で扱われる「アセスメントの手法」や「多職種連携」といった実務的な内容ではなく、あえて「普段の勉強会ではなかなか触れないテーマ」を設定しています。

直近のテーマは「ケアの境界線を溶かす 〜地域・病院・ICTから考える新しい福祉のカタチ〜」。地域づくりに取り組む方、病院でコミュニティを作っている方、見守りセンサーを開発している方などをお呼びし、「病院だから」「制度の枠内だから」と分断されがちな領域をどうつなげていけるかを、みんなで考えました。

「こういう内容って、普段の業務研修ではなかなかやらないですよね。だからこそ、参加する皆さんにとって新鮮な刺激になるのではと思います」

異なる視点で物事を見つめられるケアマネジャーを増やしたい──。「できるケアマネlabo」には、そんな願いが込められています。

フラットに、自然体で──これからのケアマネジャーへ

会場の参加者たちが、前方のスクリーンに映し出された多数のオンライン参加者の映像を見ている様子。

ケアマネジャーとしての利用者との関わり方にも、高瀬さんらしさが表れています。大切にしているのは、「専門職としての身構えを少し手放す」こと。

「アセスメントシートをじっと見つめながらお話を聞く、ということはしません。本当の支援や信頼関係って、日常のさりげない雑談の中から始まるものだと思っています」

利用者のもとを訪れる時も、構えずに自然体です。

「ちょっと近くまで来たので、寄らせてもらいました」

そんな何気ない一言が、利用者の心をそっと開きます。

「ケアマネジャーは、自分で物事を決める仕事ではありません。利用者さん本人が『こうなりたい』と思う姿に近づけるように、選択肢を提案し、前向きな気持ちになってもらいながら、ご本人のペースで決めてもらう。そういう伴走者としての役割だと思っています」

相手のペースを大切にし、フラットに向き合う。それは介護カフェでも、ケアマネジャーの現場でも変わらない、高瀬さんの一貫した姿勢です。

その姿勢を、次の世代にもつなげていきたい。高瀬さんは現在、「ケアマネキャリアカフェ」の全国展開にも力を入れています。

ケアマネジャーの高齢化が進む中、経験豊富なミドルシニア世代が、どこかこれまでの延長線上で淡々と仕事を続けてしまっているケースが少なくないと感じているからです。

「『もうこの仕事しかないから』と感じている方もいらっしゃるかもしれません。でも、それってすごくもったいないなと思うんです。まだ何年も生き生きと働けるのだから、年齢を理由に可能性を狭めないでほしいな、と」

目の前の業務に追われて、少し先の未来を見つめる余裕がなくなっている。そんなケアマネジャーに、高瀬さんはまず「一度、立ち止まること」を勧めます。

自分はこれからどう生きたいのか。自分の強みは何なのか。それを見つめ直すことが、次の一歩を踏み出すエネルギーになるからです。

「生き生きと輝いて働いているケアマネジャーの後ろ姿を、次の世代に見せていきたい。『私もあんなケアマネジャーになりたいな』と思ってもらえるような人を、1人でも多く応援していきたいですね」

職場の外に出てみること。誰かと対話してみること。そして、自分の機嫌は自分で取ること。高瀬さんが14年間、4万人以上との対話の中で見つけた答えは、決して特別なことではありません。

ほんの少しの一歩を踏み出す勇気と、それを続けること。それだけで、ケアマネジャーとして目の前に広がる景色は、もっと優しく、心地よいものに変わっていくはずです。

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