25年のキャリアの中で常に“次”を求めて動き続けてきた古池由香(こいけ・ゆか)さんは、いま居宅介護支援事業所の経営と産業ケアマネジャーとしての活動を並行して走らせています。
子育てをきっかけに介護の世界へ飛び込み、施設の現場を経て居宅ケアマネジャーへ。自身も介護離職しかけた経験から産業ケアマネジャーの道を拓きました。
介護保険の内側と外側、その両方に足を置くからこそ見えてきた景色とは。札幌を拠点に走り続ける古池さんに、これまでの歩みとこれからの展望を伺いました。
両親の介護を見据えて飛び込んだ、介護の世界

古池さんが介護の仕事を始めたのは、介護保険制度がスタートする前のこと。まだ業界全体の仕組みが整いきっていない時代でした。
当時は年子のお子さんの子育て真っ最中。日々の暮らしの中で、ふと頭をよぎったのがご両親のことでした。
「年子の子育てをしながら、今後の両親の介護も見据えて、この業界に入りました」
いずれ訪れるかもしれない両親の介護。そのとき何も知らない状態で向き合うよりも、自分自身がこの分野を知っておいたほうがいい——その判断が、介護の世界への入り口になりました。
最初の職場に選んだのは療養型の病院です。決め手は勤務時間でした。
9時から17時の定時で帰ることができるため、当時小学生だったお子さんの生活リズムと両立できます。年子の育児をしながら働く以上、時間の見通しが立つかどうかは譲れない条件でした。
「訪問の仕事は自分には向いていないと思っていたんです。でも病院での仕事なら続けられました」
訪問系の仕事はスケジュールが読みにくく、子育て中の自分には難しいと感じていたそうです。
一方、病棟での勤務であれば時間が安定している。子どもの帰宅に間に合う働き方を選んだことが、結果的に長く続けられる土台になりました。
また、ご両親の協力も大きかったといいます。お子さんの面倒を見てもらえる環境が整ったことで、やがて夜勤にも入れるようになりました。家族のサポートを得ながら、古池さんは少しずつ仕事の幅を広げていきます。
この病院には7年間勤務し、働きながら介護福祉士の資格も取得しました。
腰を痛めて思い出した、もう一つの資格

7年間の病院勤務を経て、古池さんの中に“他のことをしたい”という気持ちが芽生えます。
次に選んだのは有料老人ホームでした。ここで2年間勤務した後、立ち上げ間もない別の有料老人ホームへ移り、さらに1年。そしてまた“他のことを”と、今度は老健に足を踏み入れます。
療養型病院、有料老人ホーム、老健。異なるタイプの施設を渡り歩きながら、古池さんは介護の現場を多角的に経験していきました。
共通していたのは、とにかく現場が好きだったということ。実はこの間にケアマネジャーの資格も取得していたのですが、使わずにいました。
「資格は思い立って取っておいたんです。でも現場が好きで、ずっと現場にいました」
転機になったのは、老健で3年ほど勤めた頃に腰を痛めてしまったこと。体が思うように動かなくなったとき、ふと思い出したのが眠らせていたケアマネジャーの資格でした。
「あ、そういえばケアマネの資格を取っていたなって。それが46、47歳のころでした」
ケアマネジャーとして居宅の世界に入った古池さんは、ここで思いがけない発見をします。
かつて“自分には向いていない”と思っていた訪問の仕事が、ケアマネジャーの立場で関わると、まったく別の面白さを持っていたのです。
「居宅に移ってみたら、在宅の仕事がすごく面白かった。訪問は向いていないと思っていたのに、ケアマネとしての訪問は全然違ったんです」
利用者の暮らしの中に入り、生活全体を見渡しながらサービスを組み立てていく。施設の中で完結していた仕事とはスケールの違う面白さがそこにはありました。居宅では管理者まで務め、8年間にわたって経験を積みます。
しかし、その間ずっと引っかかっていたことがありました。完全出勤の勤務スタイルです。
「以前から、出勤がムダだなとは感じていました。札幌は特に豪雪なので、移動だけですごく時間がかかるんです」
冬場の札幌では、事業所にたどり着くだけで相当な労力と時間が必要になります。利用者宅への訪問も天候に左右される。もっと柔軟な働き方があるのではないか——その思いは、年を追うごとに強くなっていきました。
ライフスタイルを優先して、独立へ

2021年4月、古池さんは単独居宅介護支援事業所「e・すまいる」を立ち上げます。世の中がコロナ禍に入り始めた時期でした。在宅勤務やオンラインでのやりとりが急速に広まり、働き方そのものが問い直されていたタイミングです。
きっかけの1つは、長女の結婚でした。家族のかたちが変わっていく中で、自分自身の暮らし方や働き方ももう一度考え直したいと感じたといいます。前のセクションで触れた“出勤がムダ”という長年の違和感も、独立への後押しになりました。
「ライフスタイルを優先して独立しました。出勤と在宅のハイブリッドという形をとっています」
豪雪の札幌で毎日事業所に通い、そこから利用者宅を回るスタイルではなく、在宅で対応できる業務は在宅で。ハイブリッド勤務を前提にした事業所のかたちを、独立したからこそ最初から設計することができました。
事業所の拠点には、ちょうど空いていたご実家を活用しています。リフォームして居宅介護支援事業所に生まれ変わらせるという決断でした。新たに物件を探す手間やコストを省けたことも、独立のハードルを下げた要因の1つです。
スタートは古池さん1人。しかし、開業からわずか2か月後の6月には、もうケースがパンパンになります。
すぐに1人を採用。翌年3月にはさらにもう1人が加わり、特定事業所加算を取得して体制を整えました。1人で始めた事業所が、1年足らずで3人体制にまで拡大したことになります。
「札幌は居宅が多くて、横のつながりが強いんです。だからうちには“断る”という2文字は存在しないんですよ」
札幌は居宅介護支援事業所の数が多く、事業所同士の横のつながりが密な地域です。ある事業所で受けきれない依頼が別の事業所に回ってくることも日常的にある。そのネットワークの中で、古池さんは来るものをすべて受けるという姿勢を貫いてきました。
断らないから信頼される。信頼されるからまた依頼が来る。「e・すまいる」の急成長は、地域に根ざしたこの”断らない居宅”のスタンスから生まれたものでした。
介護離職しかけた経験が、産業ケアマネの原点になった

居宅の事業を軌道に乗せた古池さんが、次に踏み出したのが産業ケアマネジャーの領域です。その原点には、ご自身の経験がありました。
「両親の介護が同時に必要になったとき、私自身が介護離職しようとしたこともあったんです」
介護の専門職である自分でさえ、仕事と家族の介護の両立に追い詰められた。この実感が、産業ケアマネジャーという仕組みの必要性を強く意識させるきっかけになりました。
この経験をきっかけに産業ケアマネジャーの資格を取得し、養成講座も修了。学びを深めていきました。居宅でのモニタリングの場面でも、利用者のご家族から仕事との両立について相談を受けることが増えていた時期でした。
「モニタリングの際にご家族から相談を受けることがあって。産業ケアマネの知識があるかないかで、対応がまったく変わるんです」
ケアマネジャーとして利用者を支える中で、その家族の就労の悩みにまで手を差し伸べることができる。介護保険の内側と外側、2つの視点を持つことで支援の幅が格段に広がることを、古池さんは実感として掴んでいきました。
企業との関わりは、すべて古池さん自身の営業からスタートしています。待ちの姿勢ではなく、自ら動いて道を切り開いてきました。
「まずはアンケートから始めさせてくださいって、自分からプッシュしていきました」
従業員の介護に関する現状を把握するアンケートの実施を入り口にして、企業との接点をつくる。その結果をもとに、介護に関する講話の実施や相談窓口の設置といった具体的な支援につなげていく。地道なアプローチを積み重ね、現在は4社と顧問契約を結んでいます。
契約企業との関わり方は多様です。LINEでの気軽な相談に応じることもあれば、対面やZoomでじっくり話を聞くこともある。講話を実施したり、月1回の定例会を設けている企業もあります。
企業ごとの事情やニーズに合わせた柔軟な対応が、古池さんの産業ケアマネジャーとしてのスタイルです。
産業ケアマネの視点が、居宅の仕事を変えた

居宅のケアマネジャーと産業ケアマネジャー。2つの仕事を並行していく中で、古池さんの居宅での動き方そのものに変化が生まれています。
「軸はあくまでケアマネジャーなんですが、産業ケアマネをやるようになって、ご家族の表情まで見るようになりました。自然と声かけの仕方も変わったし、視点がすごく広くなったと感じています」
以前であれば、モニタリングの場で意識が向くのは利用者本人のことが中心でした。体調はどうか、サービスは合っているか。しかし、産業ケアマネジャーの視点が加わったことで、その隣にいるご家族の表情にも自然と目がいくようになったといいます。
仕事と介護の間でどんな負担を抱えているのか。疲れていないか。職場に相談できる環境はあるのか。利用者だけでなくその家族の暮らし全体にまで視野が広がったことで、モニタリングの場で拾い上げられる情報の質が変わりました。
声かけ一つとっても、以前とは違うアプローチができるようになったと古池さんは実感しています。
ただし、2つの仕事を並行するには物理的な時間の確保が欠かせません。産業ケアマネジャーとしての企業対応に加え、講師としての登壇依頼も増えてきました。持っていたケースの一部をスタッフに引き継ぎ、件数を調整しています。
スタッフを増員して引き継ぎ体制を整える。事業所の経営者だからこそできる判断で、居宅の仕事を軸に据えながら、産業ケアマネジャーや講師としての活動にも時間を割ける体制をつくっています。
3本の柱で、まだまだこれから

北海道における産業ケアマネジャーの認知は、まだ途上にあります。北海道支部が立ち上がったのは今年4月のこと。活動の中心は札幌に限られており、周知活動をコツコツと続けている段階です。
「まだまだ広がっていないんですが、少しずつ、確実に広がってきている実感はあります」
周知活動を重ねながら、古池さん自身の事業にも新たなフェーズが訪れようとしています。2店舗目となる「e・すまいるplus」の立ち上げです。新しい拠点を軌道に乗せ、特定事業所加算の取得を目指すという明確な目標を掲げています。
「元々の拠点は4人体制で、今の形をしっかり継続していきたい。新しい区では、居宅めぐり、サービス事業所めぐりをして、またゼロからつながりをつくっていきたいんです」
新しい地域でゼロから関係性を構築していく。それは、独立当初に古池さんが札幌で積み上げてきたことの繰り返しでもあります。一つひとつ顔の見える関係を、また新しい場所でつくり始めようとしています。
そして、最近は講師業という新たな軸も加わりました。
高校の福祉科で初任者コースを選択している生徒向けの授業や、ケアマネジャー初心者に向けた講座、働き方改革をテーマにした研修など、自身の経験を次の世代へ渡す場が広がっています。
「ケアマネに主軸を置きながら、産業ケアマネ、講師業と3本の柱でやっています」
居宅、産業ケアマネ、講師業。3本の柱を携えた古池さんの歩みは、まだまだこれからです。
執筆者紹介 高橋
医療と介護をつなぐ「安心のサポーター」。現場のリアルな知恵を届けます。
訪問看護やデイサービスでの勤務を通して、介護の現場に携わってきました。病院勤務の経験もあり、医療と介護の両方の視点から、現場で得た知識や経験をわかりやすくお届けします。
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