就職氷河期を経て介護業界に入り、2019年に独立。現在は富山と埼玉の2拠点で居宅介護支援事業所を運営する畑野充則(はたの・みつのり)さんは、介護ソフト「カイポケ」を軸に、Google Workspace、AIツール、GASによる給与計算の自動化まで、徹底したICT活用で業務のムダを削ぎ落としてきました。
「無駄なことが、とにかく嫌い」。そう語る畑野さんは、地域の事業所やケアマネジャーにICT活用を教える講師としても活動しています。
ICT化の原点、現場のリアルな温度感、そしてテクノロジーの先にあるケアマネジャーの未来像を伺いました。
「なにか違うな」から始まった、介護の世界への転身

畑野さんが最初に就いた仕事は、介護とはまったく無縁のものでした。
大学卒業後、ゼネコン向けのレンタル会社に就職。流通センターで出入りする資材の管理を担当していました。
「朝7時半から、早い日で夜8時半、遅い日は11時まで。1カ月の残業は140時間以上。それが当たり前でした」
試用期間中は残業代が全額ついていましたが、試用期間が終わるとほとんどつかなくなり、労働量は変わらないのに手取りが大幅に減りました。
「あれ、なにか違うなと思ったんです」
ふと思い出したのが、高校時代に福祉系の大学を考えていたこと。第2次ベビーブームの真っただ中に生まれた畑野さんの世代は、就職氷河期の直撃世代です。
若干名の採用枠に2,000人が殺到するような時代で、就職先をじっくり選ぶ余裕はありませんでした。
「とにかく早く内定がほしくて、妥協した部分もあった。だから働いているうちに“やっぱり違う”って思いやすかったのかもしれません」
一念発起して会社を辞め、社会福祉士の養成施設へ。資格を取得した後、介護保険制度が始まる前年に老人保健施設の相談員として介護業界に入ります。
4年ほど老健で働いた後、デイサービスと居宅介護支援事業所の同時立ち上げに参加し、ケアマネジャーの資格を取得しました。
介護福祉経営士の合格が背中を押した——独立への決断

最初はデイサービスのセンター長としての仕事がメインで、ケアマネジャーは副業的な位置づけでした。途中からケアマネジャー業務に専念するようになりますが、入社から10年弱で法人の介護部門が閉鎖されることに。
「利益がなかなか上がらないということで、閉鎖が決まったんです。そのタイミングで、すでに事業をやっている社会福祉法人が“受け持っているケースをそのまま持ってうちへおいで”と声をかけてくださって」
転職先では居宅ケアマネジャーとして2年、その後、定期巡回・随時対応型訪問介護看護の管理者を3年務めました。
最後の1年はサービス付き高齢者向け住宅の管理者も兼務。しかし、組織のなかで働くことへの違和感が少しずつ募っていきます。
ちょうどそのころ、介護福祉経営士1級に合格したことが背中を押しました。
「自分でやれるんじゃないかなという自信がつきました。いろいろなことが重なって、じゃあ自分でやろうか、と」
2019年、畑野さんは自身の会社を立ち上げます。
「無駄なことが、とにかく嫌い」——ICT化の原点

独立にあたって、畑野さんの頭にあったのは「ノマドワーカー」のような働き方でした。
前職時代から、朝の出社、タイムカード、掃除、朝礼——それだけで30分から1時間近いロスがあることが気になっていました。
ケアマネジャーの訪問業務でも、事務所に寄らず自宅から直接利用者宅に向かったほうが効率的なのに、無駄な動きが多い。
「自分でやるなら、ネット環境さえあればどこでも仕事ができる働き方がしたかった。ケアマネジャーなら、それができるんじゃないかと思っていました」
その思いと合致したのが、介護ソフト「カイポケ」でした。クラウド型のため、ネットにつながればどこからでもアクセスできます。iPadから直接ファックスを送る機能や「カイポケケア連携 」を使えば、紙の印刷もファックス機も不要に。
「1人ケアマネで始めた当初、カイポケの機能を活用するだけで毎月のコストが目に見えて減ったんですよ。もう、これは一択だと思いました」
さらに、介護現場のICT活用を支援するNPO法人タダカヨのオンラインセミナーと出会い、効率化のノウハウを本格的に学びます。現在はそのメンバーに加わり、学ぶ側から教える側へと立場が変わっています。
Google Workspace、GAS、AI——ツールで変わった事業所の日常

カイポケだけではありません。畑野さんは早い段階からGoogle Workspaceを有料で導入し、スタッフ全員がクラウド上で情報を共有できる環境を整えました。
「コストはかかっています。でも、それ以上に無駄が減っている。スタッフにも無駄な動きをしてほしくないんです」
ICTの効果は、日々の業務だけにとどまりません。
畑野さんは毎月の給与計算まで、Googleフォーム、スプレッドシート、GAS(Google Apps Script)を組み合わせて自動化しました。
スタッフが各自フォームに実績を入力すると、スプレッドシートにデータが集まり、GASがボタンひとつで計算を回す仕組みです。
「最初は本当に大変でした。何カ月かかったかなというレベルで。でも、やった方がいいよなとは思っていたので」
AIの活用も進んでいます。現在はGeminiとClaudeを2対8くらいの割合で使い分けており、先日はClaudeを使ってアプリを15分ほどで開発したこともあるそうです。
1人ケアマネとして始めた事業所は、現在は富山県に畑野さんを含め6人、埼玉県春日部市に2人。2拠点を運営できるのも、ICT化で物理的な距離の壁を取り払ったからこそです。
「埼玉の事業所の研修やミーティングにも、基本的にオンラインで参加しています。ICT化できているから、距離があっても回るんです」
「これだったら私にもできる」——地域でICTを教えて見えた温度感

畑野さんは自身の事業所だけでなく、地域でICT活用の講師としても活動しています。
きっかけは、昨年秋に福祉用具専門相談員の協会からセミナーの依頼を受けたこと。地元の包括支援センターでも効率化の講演を行っています。
あるセミナーでは、GeminiとGoogle Keepを組み合わせた献立づくりのデモを実施しました。AIに献立を考えてもらい、買い物リストをGoogle Keepに自動で入れるという内容です。
「Geminiを使ったことがない、Google Keepも知らないという方がほとんど。でも実際に触ってもらうと、“これだったら私にもできる”という声が半分以上でした」
畑野さんはこの仕組みを、訪問介護の生活援助にも応用できないかと考えました。
訪問先で冷蔵庫の中身を見て、中にある食材をAIに入力すれば、1週間分の献立と買い物リストが一瞬でできる。スマホを持ったままスーパーに行けば、そのまま買い物が完了します。
先日のフォーラムでは、冷蔵庫の写真を撮るだけで買い物リストが自動生成されるアプリまで、その場で15分ほどで作ってしまいました。
ただし、反応には職種による温度差があります。
福祉用具の事業者は競合が多い分、効率化への関心が高い。居宅のケアマネジャーも事務作業の多さから「なんとかしたい」という意識がある。
一方、施設系——特にデイサービスは変化への抵抗感が強いと畑野さんは感じています。
「施設の中はルーティンワークが多くて、ケアの均一化が求められます。新しいものが入ると“え、また変わるの?”となりやすいんです」
LINEを使っているなら、もうICTは始まっている

ICTを導入する際、いちばん大きな壁は「基礎的なリテラシーの差」だと畑野さんは言います。
ケアプランデータ連携システムの導入支援で、市内の約80事業所を1人で回った経験から見えてきたのは、想像以上に厳しい現実でした。
「Ctrl+CとCtrl+Vを知らない方が7〜8割。知っている人は2割くらいです。ほとんどの人が右クリックでコピー・ペーストをやっている」
この現状を、畑野さんは紡ぐ会の活動を通じて厚生労働省にも直接伝えています。
では、どうすれば壁を越えられるのか。畑野さんの答えは明快です。
「いかに便利か、いかに楽しいかを知ることから始めないと。感動体験をいくつも味わえば、“使わない手はない”ってなるはずなんです」
ICTという言葉にアレルギー反応を示す人には、こう切り返します。
「“LINEは使ってますか?”と聞くと、使ってますと。“PayPayは?”使ってます。——じゃあ、もうICTやってますよ、大丈夫です、と」
言葉が難しくさせているだけで、多くの人はすでにICTを日常的に使っている。その気づきをきっかけに、一歩を踏み出してもらう。畑野さんの講師としてのスタンスは一貫しています。
一方で、現場の1人が声を上げるだけでは限界があることも実感しています。
「経営者のマインドが変わらないと、なかなか広がらない。トップが”これは必要だ”と判断して、トップダウンで伝えることがないと、施設系は特に動かないですね」
作業を効率化して、アナログを濃くする

テクノロジーの活用によって、ケアマネジャーの業務はこの先どう変わっていくのか。畑野さんの答えは、意外にもアナログの方向を向いていました。
「デジタルツールを使うこと自体は、作業を効率化させること。でも、AIやICTをどんどん使うようになると、むしろ人に会いたくなるんですよね」
オンラインでしか会ったことのない人に、直接会いに行きたくなる。その感覚を仕事に置き換えれば、作業を効率化した分、アナログでしかできない部分をもっと濃くできるはずだ——畑野さんはそう語ります。
特に力を入れたいのが、利用者のアセスメントです。
「本人と面と向かって会って、そのときの雰囲気や仕草を感じる。いい天気だったのか、雨が降っていたのか。だからこの表情だったのかという分析は、やっぱり人の五感でやるしかないんです」
非効率な作業を徹底的に効率化し、浮いた時間で利用者と向き合う。畑野さんが目指しているのは、デジタルの土台の上にアナログを最大限に活かす働き方です。
今後は、自身のICT化ノウハウを求める事業所へのコンサルティングや、居宅介護支援事業所の立ち上げ支援にもさらに力を入れていきたいと考えています。
地元の富山は保守的な地域性もあり、浸透には時間がかかる。だからこそ、全国に足を運んで火種を広げていく。
「うちのやり方を教えてほしいという方がいたら、どんどんお伝えします。あちこちで動いてきたことを持ち帰って、その刺激を受けて変わりたいという人が出てきたら、全面的にサポートしますよ」
畑野さんは「介護業界は他の業界に比べて大きく遅れている」と率直に語ります。
けれど、その差を嘆くのではなく、目の前の一人ひとりに「これならできる」という感動体験を手渡していく。その積み重ねが、業界全体を少しずつ変えていくのだと思います。
執筆者紹介 高橋
医療と介護をつなぐ「安心のサポーター」。現場のリアルな知恵を届けます。
訪問看護やデイサービスでの勤務を通して、介護の現場に携わってきました。病院勤務の経験もあり、医療と介護の両方の視点から、現場で得た知識や経験をわかりやすくお届けします。
お気に入り
閲覧履歴
施設を検索する





