就職氷河期のさなか、他に仕事がなくて介護の世界に飛び込んだ山梨義正(やまなし・よしまさ)さん。
訪問入浴、デイサービス、特養、ヘルパーと介護保険の現場を一通り経験したのち、35歳で単独型の居宅介護支援事業所を立ち上げました。
「居宅介護支援事業所は儲からない」——そう言われる中で、独立からわずか1年で特定事業所加算を取得し、12年にわたって事業を続けてきた山梨さんに、独立の経緯、経営の実際、そしてケアマネジャーが”稼ぐ”ことの意義について伺いました。
仕事がなかった。就職氷河期から現場のたたき上げへ

山梨さんが介護業界に入ったきっかけは、端的に言えば「他に仕事がなかったから」。
就職氷河期のさなか、仕事を探しても見つからない日々が続いていたとき、知り合いが働いていた訪問入浴の会社を紹介されました。介護保険制度が始まって間もない2001年頃のことです。
「当初はすごく嫌だったんです。でも、意外と現場の雰囲気が楽しくて、そのまま続けていました」
訪問入浴からデイサービスへ。結婚を機に、給料のよい近所の特別養護老人ホームへ転職。その後、再び訪問入浴の事業所に移り、そこで居宅介護支援事業所とヘルパー事業所の立ち上げにも関わりました。
介護保険の現場職を一通り経験した、まさに“たたき上げ”のキャリアです。
転機になったのは、訪問入浴の現場で感じた家族支援への興味でした。
訪問入浴は利用者1人に対して職員が3人つく、介護保険の中でも唯一スタッフの方が多いサービスです。入浴の準備中に手が空く時間があり、山梨さんはその時間を使って家族の相談に乗ることが多かったといいます。
「訪問入浴のサービスは1時間で、やれることは限られています。でもケアマネジャーだったら、すべてをトータルでサポートできる。それでやりたいなと思いました」
「意外といけるんじゃないか」。35歳で単独型居宅を立ち上げる

現場を経験する中で、山梨さんには「居宅介護支援事業所は単独でやるべきだ」という漠然とした思いがありました。
その確信に変わったのは、前職で居宅と訪問介護事業所の立ち上げに携わったときのことです。
指定申請にあたり、自分でエクセルシートに数字を入れて事業計画を組んでみました。
「やってみたら、居宅単独でも採算が取れるのが数字で見えたんですよね。あ、これは意外といけるんじゃないかって。そこで一気に現実味が出て、やってみようと決めました」
決めてから3ヶ月で準備を整え、35歳で独立。子どもが4人いる中での決断でした。
前職にはきちんと事前に話を通し、円満に送り出してもらった。その恩義は今でも忘れていないと言います。
「いちばん上の子が中学生になるまでの3年間で、雇われていたときの給料を超える。そう目標を決めてやりました。やりたいことができてるから金はいいや、じゃダメなんです。独立する以上、ちゃんと稼ぐ。常に切羽詰まっている状態だから、やらざるを得ない」
山梨さんは自身の性格を「石橋を叩くタイプ」と表現します。独立時には事業計画を3年分作成。現在進めている大規模化でも、5年以上先のキャッシュフローまで計算しています。
創業時には自己資金ではなく、すべて融資で始めるという選択もしました。
「必要なくても借りるべきだと思っていました。でも、みんな自己資金でやるんですよ。融資も受けずに始めて、やり出してから資金繰りに困る。独立したい人には『お金を借りなよ』と言うんですけど、その意味がわかるのは、実際にやってからなんですよね」
どんなケースでも受けた。1年で特定事業所加算を取得するまで

ひとりで事業所を立ち上げた山梨さんが、最初にやったのは愚直な信頼づくりでした。
「営業と、ここはという人との関係づくり。最初の頃は大変なケースしか来ないんです。病院からの紹介も、どうしようもなく困っているケースも、要介護も要支援も気にせず、いただいた依頼はとにかく受けました」
地域の研修や交流会にも必ず参加しました。件数は30〜35件まで持ち、とにかくどんなケースでも引き受けて実績を積む。その姿勢が信頼につながり、独立から1年で特定事業所加算の取得にこぎつけました。
事業所のルールとして、入職時にケースを持ち込む人はひとりもいません。全員が0からのスタートです。
利用者との契約は個人ではなく事業所との契約——その原則を、山梨さんは創業時から一貫して守っています。
独立当初には、地域包括支援センターの主任ケアマネから厳しい言葉をかけられたこともあったといいます。
「そんなにうまくいくわけないじゃない。会社の名前でケースが来ていただけなのに、勘違いしないほうがいい」——そう言われたことは、今でも忘れていません。
「否定しかされなかった。でも、おかしいことはおかしいと言う性格だから、それを曲げるつもりはなかったですね」
そうした周囲の声をよそに、事業所は着実に成長していきました。
5年目には職員が5人に増えています。ただ、それ以上の拡大にはモチベーションの波もあり、コロナ禍の4年間は「淡々とやっているだけ」の時期もあったと振り返ります。
それでも研修や情報収集だけはやめなかった。その姿勢が、“ケアマネジャーを紡ぐ会”との出会いにつながります。
自分がいくら稼いでいるか。ケアマネジャーが数字を知る意味

「居宅介護支援事業所は儲からない」——この言葉について、山梨さんの答えは明快です。
「自分がいくら稼いでいるか、一人ひとりのケアマネジャーがその認識を持つこと。それだけで全然変わると思います」
居宅介護支援は利用者負担がなく、給付管理で収入が決まるシンプルな仕組みです。利用者がひとり、1ヶ月いたらいくら——その感覚さえ持てば、自分の生産額と給料の関係が見えてきます。
「自分がもらっている給料と、自分が生産している金額。経費を差し引いて、生産額のほうが少なかったら、そりゃ儲かるわけがない。逆だったら、給料は上がっていくはずなんです。そこの感覚を持つだけで、見える景色が変わります」
その視点は、独立する人だけでなく、組織に属するケアマネジャーにも当てはまると山梨さんは言います。
「ものすごく大変なケースでも、手がかからないケースでも、同じ要介護度なら同じ金額です。でも労力で言えば、大変な人は3人分、4人分に相当する。そういう評価をちゃんとしてくれる事業所を選べばいい。自分の居場所を変えればいいだけなんです」
山梨さんは、独立を考えている人たちに対して数値コンサルティングの提供を申し出ています。売り上げと経費、キャッシュフロー。使っているのは、創業時から使い回している1枚のエクセルシートです。
ただ、産業ケアマネなどをきっかけに独立を志す人が増える一方で、数字を見ないまま始めてしまうケースも少なくないと言います。
「やりたいことができてるからお金はいいやと独立する人が結構いるんです。でも、黒字が出ていてもキャッシュフローがなかったら回らない。足元を固めてから独立しないとダメだよっていうのは、ずっと言い続けています」
自分で管理できれば、なんでもできる

山梨さんの事業所では、ケアマネジャーが自分でスケジュールを管理する働き方を徹底しています。
「事業所として管理するんじゃなくて、自分で自分の管理ができればいい。30分、家族のことで抜けるのも、子どもの発表会を見に行くのも、仕事中だって全然構わない。自分のスケジュール管理ができれば、何でもできるんです」
管理されるから不自由になる。自分で完結できる人なら、自由にスケジュールを組める——それが山梨さんの考え方です。
現在は大規模化に向けて人員を増やしており、6人体制から近く7人になる見込みです。リモートワークと事務所での集中作業を選べるハイブリッドな働き方も導入しようとしています。
「自分が働きやすい働き方を選べる事業所にしていきたい。ただし、最低限のルールはある。その仕組みを今つくっているところです」
求人には紹介業者を一切使っていません。10年ぶりに求人を出したところ、友人のつてや直接の応募だけで2人の採用につながりました。
「紹介業者を使って来た人が半年で辞める。そこに稼いだお金が消えていく。そんなバカな話はないでしょう。いい環境をつくれば、人は来るんです」
胸を張って「ケアマネジャーです」と言える事業所へ

山梨さんの事業所には、社訓があります。「介護はエンターテインメント」。
「笑って死んでもらいたいんです。最期に、あなたと関わった時間が楽しかったよと言ってもらえたら。その人の人生を少しでもそういうふうにできたらって思っています」
その理念を掲げ続ける一方で、山梨さんが繰り返し口にするのは「真面目にやっている人がバカを見る業界は嫌だ」という言葉です。
「介護はお金よりも使命感だ、と言いがちな業界です。もちろん使命感は大事。でも、独立してやるなら、稼げるようになりましょうよ。自分のところで働いてくれている職員にも、満足のいく報酬をあげられるようになってほしい」
俳優の杉良太郎さんが長年の炊き出しボランティアを「売名ですか」と聞かれたとき、「売名です。でも、何もやらない偽善よりも、やる売名のほうがよっぽどいい」と答えたエピソードがあります。
山梨さんはこの言葉を引き合いに出しながら、まず行動すること、そして稼げるようになることの大切さを語ります。その先に、ケアマネジャーという職種に夢があると思ってもらえる未来がある、と。
「胸を張って”ケアマネジャーの仕事をしています”と言える事業所にしたい。ケアマネジャーをやりたいと思ってもらえる職種にしていきたい。それが今の僕の目標です」
山梨さんは取材の中で「見せ方が下手だとよく言われる」と笑いました。けれど、1対1で話すと止まらないほど熱い。
その率直さ——数字を見ろ、現実と向き合え、稼げるようになろう——は、独立を考えているケアマネジャーにとって、きれいごとよりもずっと力になる言葉だと思います。
執筆者紹介 高橋
医療と介護をつなぐ「安心のサポーター」。現場のリアルな知恵を届けます。
訪問看護やデイサービスでの勤務を通して、介護の現場に携わってきました。病院勤務の経験もあり、医療と介護の両方の視点から、現場で得た知識や経験をわかりやすくお届けします。
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